二月
歌舞伎の招待券をいただいて、再びやってまいりました。 映画「母べえ」の野上滋を演じた 三津五郎さんが駄六を演じていました。当然のことですが、衣装とお化粧で三津五郎さんは別人のような演出で客を魅了していました。
昨日の続きの修学旅行です。 皆さんの記憶と比べていただければ幸いです。 京都の旅館からバス3台に分乗して奈良に向かいました。 途中 宇治の平等院によりました。 平安時代後期 関白藤原頼道が極楽往生を願って建てました。 昭和20年代から10円玉の裏を飾る平等院鳳凰堂は 子どもたちの関心を高めていました。 鳳凰堂には仏師定朝の作 『 阿弥陀如来坐像 』 があり、側壁を飾る飛雲に乗り 琴・笛・琵琶・太鼓を奏でる天女のような菩薩像が印象的でした。 父の法事で訪れた宇治の叔父が 『 平等院の改修が終わったが、池の外側から拝んだ阿弥陀様のお顔が見えなくなってしまった。 見る場所が高くなったからね。』 といっていました。
奈良公園の若草山で昼食となりました。 お店には 先手バサミなどの鉄製の飾り物が沢山陳列していました。 東大寺南大門の前は混雑していました。 鹿に餌をやっている生徒が鹿に追い回されていました。 高さ日本一の山門には「運慶」「快慶」が弟子9人と共に69日間で完成したといわれる 金剛力士像の 『 阿形 』 『 吽形 』 が左右から睨んでいました。
待望の東大寺大仏殿に向かいました。高さ48.7メートル 木造建造物としては世界一の大仏殿に入りました。 世界を照らし光り輝く仏『盧舍那大仏』『釈迦如来』は752年『開眼供養会』が営まれたそうです。 大仏殿を支える柱の一つに穴が開いていました。 穴をくぐると 『 賢くなれる 』 というので生徒たちは競って潜っていました。
疲れを癒す間もなく、「お水取り」で有名な『二月堂』や『三月堂』を通って『春日大社』にきました。 鹿島神宮から白鹿の背に乗って「タケミカヅチの尊」がお渡りになったのでしょうか。 郷里の話題が出て思わず親しみを覚えました 本殿の回廊に 多数の灯篭が吊り下げられていました。 通り道には無数の石燈篭が並んでいました。


大仏殿の柱の穴は、みんなくぐりましたが若干名は体格が良く苦労していました。
投稿: maesan | 2008年2月19日 (火) 20時55分
続いてのコメントありがとうございます。 体内くぐり苦労している人がいましたね。 ひので号の発着駅と新幹線がごっちゃになって分からなくなりました。
四中・一中で行ったのは新幹線でしたが、ひので号の印象のほうが強いです。
投稿: マーチャン | 2008年2月19日 (火) 21時16分