牛年の今年も一週間余となってしまった。 マーチャンの年賀状は、毎年二女がパソコンを駆使して書いてくれている。 印刷は長女がやってくれる。 その空白に数行の寄せ書きをして投函する。
今年の年賀状には、マーチャンが筆で書いた『寅』を使うので、インターネットで送るよう指示してきた。 硯と筆を長女が用意してくれたので頑張って書いた。
折り返しパソコンに賀状の絵柄が届いた。 大根・カブ・ほうれん草で構成された『福楽寿』であった。 「寅はどこなんだ?」と思いやっと探し当てた。 左下の年月日の下にシャチハタのような赤い寅が押されていた。
今年もお世話になった方が亡くなられて、名簿から削除しなければならなかった。 年賀状だけのお付き合いになってしまった人も多い。 それでも思い出は大切にしている。 ましてや教え子たちからの賀状は、マーチャンの心を潤してくれる。

信州リンゴを毎年送って頂いている。 今年は蜜の入ったおいしいリンゴだった。
リンゴというと青森や長野だと思っていたが、写真のリンゴは袋田である。
リンゴの原産地は、中央アジアの山岳地帯などの寒冷地であったという。 日本に導入されたのは、明治以降だという。
『赤いリンゴに 口びるよせて だまってみている青い空・・・ 』 戦後初の映画『そよ風』の主題歌であった。 この歌が戦後のヒット曲第1号になったという。
昭和20年の頃のマーチャンは、まだ樺太にいた。 内地に帰って来てこの歌を口ずさむようになった。 サトウハチロー作詞・万城目正作曲のこの歌を並木路子がう歌っていた。 この時代のリンゴは、木の箱にもみ殻に包まれてお店に並んでいた。 まだ庶民には高値の品であった。
日曜日の夕方、土浦のイーオンを訪ねた。 駐車場の空きを探すのに大変だった。 妊婦さん優先の幅の広い駐車場が開いた。
娘と家内が許可証の札をもらってきた。 土浦の車が全部集まっているようだった。
館内のいたるところに食堂があった。 ジャスコの食品コーナーは満員の人出だった。 魚市場のように声高らかに、新鮮魚を売っていた。
野菜のコーナーは、ダイコン・ハクサイ・キャベツなどが山と積まれていた。 牛久では、企業が農業を始めたという。 もしかしてこの野菜たちはそのたぐいだろうか。
初夏の時に訪れた時、野菜や草花造りの写真展が開かれていた。 多くの人たちが野菜や草花に関心をよせ、栽培している人が増えているようだ。